こんにちは。前回は、購買依頼(PR)、発注書(PO)、入庫(GR)、仕入先請求書が、それぞれ「必要性」「注文条件」「実受領」「支払請求」という異なる事実を記録することを学びました。
今回は、その同じ調達プロセスを支える SAP の情報を四つの種類に分けます。
- 組織データ:どの会社・拠点・購買組織で業務を行うか
- マスタデータ:繰り返し参照する品目・仕入先などの基礎情報
- 設定データ:SAP がどのように動作・チェックするかを決めるルール
- トランザクションデータ:日々の個別の業務活動で作られる記録
SAP MM コンサルタントとしては、「この項目がどこにあるか」だけでなく、依頼内容を聞いたときに「これは設定変更か、マスタ保守か、個別伝票の修正か」を切り分ける必要があります。今回は、その最初の判断軸を作ります。学習目安は 35〜45 分です。
1. 四分類は「画面」ではなく「情報の役割」で判断する
SAP では、画面上に表示される情報が一つの種類だけとは限りません。たとえば PO 画面には、工場、仕入先、品目、数量、価格、納期が並びます。しかし、これらはすべて同じ種類の情報ではありません。
まず、SAP Learning の説明で、組織構造・マスタデータ・トランザクションデータの基本的な関係を確認しましょう。
Relating Enterprise Structures, Master Data, Transaction Data, an
SAP Learning の公式教材です。SAP の情報を「組織を表す構造」「長期的に使う基礎情報」「日々の処理で生じる記録」として捉える基礎を確認します。
Introduction では、SAP の business objects を導入してから、enterprise structure の例として client、company code、plant を挙げています。導入部分を読み、組織構造も SAP における基本的な object であることを確認してください。 続いて「Master Data and the Enterprise Structure in SAP S/4HANA」では、オンライン購入時に保存した情報が次回の注文で再利用される例から始まります。マスタデータの説明を読み、再入力を減らす役割と、組織単位ごとに異なる値を持ち得る点に注目してください。 最後に「Transactional Data and Documents in SAP S/4HANA」を読みます。トランザクションデータの説明で、PO や請求書などの個別処理の記録が文書として保存され、組織構造に割り当てられることを押さえましょう。
四種類を見分けるには、次の質問が有効です。
| 判断する質問 | 分類の候補 |
|---|---|
| 「どの法的会社、工場、購買組織で処理するか」を表すか | 組織データ |
| 多数の取引で繰り返し使われる、品目・取引先などの基礎情報か | マスタデータ |
| 文書の入力可否、採番、チェック、処理ロジックを決める全社的なルールか | 設定データ |
| ある日・ある案件・ある数量で実際に起きた業務の記録か | トランザクションデータ |
ここで重要なのは、「長く使う情報ならすべてマスタ」というわけではないことです。たとえば工場は長く使われますが、品目や仕入先ではありません。これは組織データです。また、設定データも長期的に使われますが、目的は取引で再利用することではなく、SAP の振る舞いを統制することです。
覚え方としては次のように整理できます。
- 組織データは「どこで、誰の責任で」。
- マスタデータは「何を、誰から、どのような基本条件で」。
- 設定データは「SAP に何を許可し、どう処理させるか」。
- トランザクションデータは「今回、実際に何が起きたか」。
2. 一つの PO には四種類の情報が集まる
次の SAP Fiori の画面は、新規 PO の明細を入力している例です。画面上で見える「Material」「Plant」「Order Quantity」「Net Order Price」は、見た目には並列の入力項目ですが、背景にある情報の性格は異なります。

この画面を、仮に「東和製造株式会社」のモーター調達として読み替えてみます。
| PO 上の情報の例 | 主な分類 | なぜその分類か |
|---|---|---|
| 購買組織「JP10」 | 組織データ | 購買責任を負う組織単位を表す |
| 工場「TK01」 | 組織データ | 物品を受け入れ、在庫を管理する業務拠点を表す |
| 購買グループ「A01」 | 組織データ | 担当バイヤーまたは購買チームを表す |
| 品目「MOTOR-100」 | マスタデータ | 調達・在庫管理する品目を識別し、基本属性を持つ |
| 仕入先「株式会社アオイ部品」 | マスタデータ | 継続的な取引先として住所、支払条件などを管理する |
| PO 番号「4500001234」 | トランザクションデータ | 今回の注文を識別する個別文書番号である |
| 発注数量「100 個」 | トランザクションデータ | 今回の注文の具体的な数量である |
| 納期「2025 年 7 月 20 日」 | トランザクションデータ | 今回の注文に対する約束日である |
| この PO で合意した単価 | トランザクションデータ | 今回の発注条件として確定・保存される |
| PO の文書タイプにより必須になる項目 | 設定データ | 文書の入力ルールを SAP が判断するための設定である |
「コピー元」と「PO に保存された値」を区別する
初学者が特に混同しやすいのは、マスタから提案された値です。
たとえば、品目マスタに基本単位「PC」があり、仕入先との購買情報に標準価格が登録されているとします。PO を作成すると、それらの値が初期値として提案されることがあります。
しかし、PO を保存した後の発注数量・納期・合意価格は、その PO の取引条件としてトランザクションデータに保存されます。その後に品目マスタや購買情報を変更しても、通常は過去に発行済みの PO が自動的に新しい条件へ書き換わるわけではありません。
したがって、次の二つは分けて説明できます。
- 「品目に対する標準的な基本情報」はマスタデータです。
- 「PO 4500001234 で今回発注した価格・数量・納期」はトランザクションデータです。
この区別は、顧客から「価格が違う」と相談されたときに重要です。問題が「今後の発注の初期値」なら購買マスタの見直しが候補になります。一方、「すでに発行した PO の価格」が誤っているなら、対象 PO の訂正や承認プロセスの確認が必要です。
3. 組織データとマスタデータ:似ていても役割が違う
組織データ:企業を SAP 内に表現する枠組み
調達で代表的な組織単位には、次のものがあります。
| English | 日本語 | 調達における大まかな役割 |
|---|---|---|
| Client | クライアント | SAP システム内の最上位の区分 |
| Company Code | 会社コード | 法定決算を作成する会計上の会社単位 |
| Plant | プラント/工場 | 生産、在庫、受入などを行う業務拠点 |
| Storage Location | 保管場所 | プラント内で在庫を区分して管理する場所 |
| Purchasing Organization | 購買組織 | 仕入先との購買活動に責任を持つ組織 |
| Purchasing Group | 購買グループ | 日々の購買を担当するバイヤーまたはチーム |
たとえば、PO に工場「TK01」が指定されると、その PO がどの拠点向けの調達かが明確になります。会社コード「JP01」は、入庫や請求書処理の会計上の帰属先を決めるために重要です。購買組織「JP10」は、どの購買部門が仕入先との購買条件を管理するかを示します。
次の動画では、SAP MM のマスタデータと購買文書を短く復習できます。画面操作を覚えるためではなく、「品目・仕入先は繰り返し参照する情報」「PR・PO は個別の購買活動の記録」という対比を確認するために見てください。
What is SAP MM? | Full Beginner Guide + Career Path (2025)
SAPify の「What is SAP MM? | Full Beginner Guide + Career Path (2025)」です。Material Master、Vendor Master、Purchasing Info Record と、PR・RFQ・PO の役割を短時間で対比します。
master dataでは、Material Master、Vendor Master、Purchasing Info Record が取引時に参照される基礎情報として紹介されます。続くpurchasing documentsでは、PR、RFQ、PO が個別の購買活動の文書として説明されます。 動画では Vendor Master という用語を使っています。SAP S/4HANA では仕入先を Business Partner を中心に扱いますが、この段階では「仕入先について繰り返し使う基礎情報」というマスタデータとしての役割を押さえてください。
マスタデータ:取引のたびに再利用する業務上の基礎情報
SAP MM で特に重要なマスタデータには、次のようなものがあります。
| マスタデータ | 日本語 | 主な内容 |
|---|---|---|
| Material Master | 品目マスタ | 品目コード、基本単位、品目タイプ、購買・在庫・計画に必要な属性 |
| Business Partner | ビジネスパートナ/仕入先 BP | 仕入先名、住所、支払条件、購買・会計に関する情報 |
| Purchasing Info Record | 購買情報レコード | 特定の仕入先から特定の品目を買う際の条件・履歴に関する情報 |
| Source List | ソースリスト | 特定期間に使用可能または優先される供給元 |
| Quota Arrangement | 割当計画 | 複数供給元への調達量の配分ルール |
今後、これらの詳細はマスタデータのモジュールで扱います。現時点では、次の原則を押さえれば十分です。
品目や仕入先そのものはマスタデータである。
ただし、「今回どの仕入先に何個をいくらで発注したか」はトランザクションデータである。
また、マスタデータは「全社共通の情報」だけではありません。たとえば同じ品目でも、プラントごとに受入処理日数や調達に関する値を持つ場合があります。つまり、組織データはマスタデータの適用範囲や維持単位を与えることがあります。
4. 設定データ:業務ルールを SAP の動作に変える情報
**設定データ(configuration data/カスタマイジング設定)**は、各社の業務ルールを SAP が一貫して処理できるようにするための情報です。日々の PO を一件ずつ作る担当者が毎回変えるものではなく、通常はプロジェクトや変更管理の手続きに従って、コンサルタントや権限を持つ担当者が保守します。
設定の例には、次のようなものがあります。
| 業務上の問い | 設定データの例 |
|---|---|
| PO にどの項目を必須入力させるか | 項目選択、文書タイプに関する設定 |
| PO 番号をどの規則で採番するか | 番号範囲の設定 |
| 在庫品・費用扱い品・サービスをどのように扱うか | 品目カテゴリ、勘定設定カテゴリに関する設定 |
| 特定の会社・工場をどの購買組織で購買できるか | 組織単位間の割当設定 |
| ある金額以上の PO を誰が承認するか | 承認ワークフローの条件・役割設定 |
ここで、組織データと組織の割当設定を分けて考えると、理解が深まります。
- 工場「TK01」自体は、企業の拠点を表す組織データです。
- 購買組織「JP10」自体も、購買責任単位を表す組織データです。
- 「購買組織 JP10 が工場 TK01 を購買対象として使用できる」という関係を SAP に定義する活動は、設定です。
次の画像は、SAP GUI の IMG(Implementation Guide)で、購買組織とプラントの関係を設定するメニュー例です。

この画面はクラシック SAP GUI の例であり、現在の S/4HANA プロジェクトでは Fiori を中心に作業する場面もあります。しかし、コンサルタントとして重要なのは画面の見た目よりも、次のように説明できることです。
プラントと購買組織は組織構造です。
一方で、どの購買組織をどのプラントに割り当てるかは、購買処理を成立させるための設定です。
「変更頻度」だけで設定を判断しない
設定はあまり頻繁に変わらないことが多いですが、頻度だけでは分類できません。
- 工場コードも通常は頻繁に変わりませんが、組織データです。
- 仕入先の銀行情報も頻繁には変わりませんが、マスタデータです。
- PO の発注数量は毎回変わりますが、トランザクションデータです。
分類の決め手は、その情報が何のために存在するかです。
- 組織を表現するためか
- 取引で再利用する基礎情報か
- システムの処理ルールを制御するためか
- 個別業務の事実を記録するためか
5. ケースで四分類を完成させる
東和製造株式会社が、東京工場で使うモーターを仕入先から調達するケースを考えます。
ケースの前提
- 会社コード:JP01
- 東京工場:TK01
- 保管場所:RM01
- 購買組織:JP10
- 購買グループ:A01
- 品目:MOTOR-100
- 仕入先:株式会社アオイ部品
- 今回の注文:100 個、単価 6,500 円、納期 7 月 20 日
- PO 番号:4500001234
この情報を分類すると、次のようになります。
| 分類 | このケースの情報 | 説明 |
|---|---|---|
| 組織データ | JP01、TK01、RM01、JP10、A01 | 調達・在庫・会計の責任範囲と処理の場所を表す |
| マスタデータ | MOTOR-100、株式会社アオイ部品 | 繰り返しの発注、入庫、請求書処理で参照される品目・仕入先の基礎情報 |
| 設定データ | PO の採番ルール、必須項目ルール、JP10 と TK01 の割当 | SAP が PO をどのルールで作成・チェックできるかを決める |
| トランザクションデータ | PR、PO 4500001234、GR、請求書、100 個、6,500 円、7 月 20 日 | 今回の具体的な要求・注文・受領・請求という業務事実を示す |
このケースでは、情報が組み合わさって初めて PO が成立します。
- 組織データによって、どの会社・工場・購買部門の取引かが決まります。
- マスタデータによって、何をどの仕入先から調達するのかを効率よく指定できます。
- 設定データによって、入力チェック、必須項目、採番などの処理ルールが適用されます。
- トランザクションデータとして、今回の PO とその具体的条件が保存されます。
コンサルタントとしての初期切り分け
顧客の発言を聞いたら、まず変更対象を仮説として分類します。
| 顧客の発言 | 最初に疑う分類 | 理由 |
|---|---|---|
| 「新しい倉庫拠点を SAP で管理したい」 | 組織データ | プラントまたは保管場所という組織単位の検討が必要 |
| 「新しい部品を購買できるようにしたい」 | マスタデータ | 品目マスタの作成・拡張が候補 |
| 「新しい仕入先を登録したい」 | マスタデータ | Business Partner の作成・購買組織への拡張が候補 |
| 「PO で原価センタを必須入力にしたい」 | 設定データ | 項目選択や文書制御の見直しが候補 |
| 「先週の PO の数量を間違えた」 | トランザクションデータ | 対象 PO の訂正、承認状況、後続 GR の有無を確認する |
| 「PO 番号の付番ルールを変えたい」 | 設定データ | 番号範囲・採番ロジックの変更が候補 |
実務では、最初の仮説が必ず正しいとは限りません。たとえば「発注できない」という障害は、品目マスタ不足、仕入先データ不足、組織の割当不足、権限、設定エラーなど複数の原因があり得ます。それでも、四分類を使うと、確認すべき領域を体系的に絞れます。
日本語での説明は、次の形から始めると明確です。
まず、対象が組織構造・マスタ・設定・個別伝票のどれに当たるかを切り分けます。
品目や仕入先の情報であればマスタデータ、今回の発注数量や納期であれば PO のトランザクションデータです。
一方、必須入力や採番のルールであれば、設定の確認が必要です。
まとめ
今回の要点は、SAP MM の情報を「どの画面にあるか」ではなく、「何のために存在するか」で分類することです。
- 組織データは、会社コード、プラント、保管場所、購買組織、購買グループなど、企業の責任範囲・業務拠点を表します。
- マスタデータは、品目マスタ、Business Partner、購買情報レコードなど、取引で繰り返し参照する基礎情報です。
- 設定データは、文書タイプ、採番、必須項目、組織間割当など、SAP の処理ルールを定めます。
- トランザクションデータは、PR、PO、GR、請求書のように、日々の個別業務で作成される記録です。
- 一つの PO には四種類の情報が集まります。マスタから提案された値であっても、PO に確定保存された今回の数量・価格・納期は、取引の記録として扱います。
次回からは、SAP S/4HANA の組織構造をより具体的に扱います。まず、クライアント、会社コード、プラント、保管場所、購買組織、購買グループがそれぞれ何のために存在するかを整理します。
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