こんにちは。前回は、購買の情報を組織データ、マスタデータ、設定データ、トランザクションデータに分けて考えました。今回はその続きとして、一つの購買取引が、在庫管理(Inventory Management, IM)と財務会計(Financial Accounting, FI)にどのような情報を渡し、どの伝票を残すかを追跡します。
対象は最も基本的な「在庫品を PO で購入し、入庫後に請求書を処理する」ケースです。画面操作を覚えることより、各イベントで「数量」「金額」「責任」がどこに記録されるかを説明できるようになることが目標です。学習目安は 35〜45 分です。
1. 一つの購買取引には、三つの事実がある
購買プロセスでは、同じ取引についても、部門ごとに確認したい事実が異なります。
- 購買部門は、「何を、どの仕入先に、いくつ、いくらで注文したか」を管理します。中心となる伝票は Purchase Order(PO/発注書) です。
- 倉庫・受入部門は、「実際に何個を受け取ったか」を管理します。中心となる記録は Goods Receipt(GR/入庫) と Material Document(品目伝票) です。
- 経理・買掛金部門は、「仕入先にいくら支払う義務が生じたか」を管理します。中心となる記録は Invoice Receipt(IR/請求書計上) と Accounting Document(会計伝票) です。
重要なのは、PO、GR、請求書が単なる同じ情報のコピーではないことです。
- PO は注文の合意・条件
- GR は物理的な受領の事実
- 請求書は仕入先からの支払請求
を証明します。SAP はこれらを PO 明細をキーとして関連付け、購買・在庫・会計で整合性を取ります。

図中の主要な日本語も押さえておきましょう。
| 図中の表現 | SAP・業務上の意味 | English |
|---|---|---|
| 購買依頼 | 社内からの購入要求 | Purchase Requisition, PR |
| 購買発注 | 仕入先への正式な注文 | Purchase Order, PO |
| 入庫 | 物品を受け入れ、在庫として記録すること | Goods Receipt, GR |
| 請求書照合 | PO・入庫・請求書の内容を確認すること | Invoice Verification / Matching |
| 支払 | 請求書に基づく仕入先への支払い | Payment |
| 仕入先 | 物品やサービスを供給する取引先 | Supplier / Vendor |
この図は部門間の流れを示していますが、SAP MM コンサルタントとしては、さらに「その時点で在庫数量と会計残高がどう変わるか」を追跡します。
2. PO は出発点だが、通常は在庫も会計残高も変えない
例として、東京工場が部品 100 個を仕入先から 1 個 500 円で購入するとします。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 品目 | MOTOR-100 |
| プラント | TK01 |
| 保管場所 | RM01 |
| 発注数量 | 100 PC |
| PO 単価 | 500 円 / PC |
| PO 金額 | 50,000 円 |
| 仕入先 | 株式会社アオイ部品 |
PO を保存・承認しても、この時点では物品はまだ到着していません。したがって、基本的な在庫購買では通常、次の状態です。
| 領域 | PO 作成時点で起きること |
|---|---|
| 購買管理 | PO が作成され、注文数量、価格、納期、仕入先、プラントが記録される |
| 在庫管理(IM) | 在庫数量は増えない |
| 財務会計(FI) | 通常の仕訳は発生しない |
| PO 履歴 | まだ入庫・請求書の後続実績はない |
つまり、PO は「将来の受領と請求書処理の基準」になります。倉庫担当者は PO を見て受入対象と数量を確認し、経理担当者は PO と入庫実績を参照して請求書を確認できます。
SAP Learning の Outlining Purchase Order Processing in SAP S/4HANA で、PO 処理が在庫管理と買掛金処理へつながる点を確認しましょう。
Outlining Purchase Order Processing in SAP S/4HANA
SAP Learning のこの解説では、PO の後続処理で在庫が更新され、請求書が PO・入庫と照合される全体像を確認します。細かな画面機能ではなく、購買データが他領域でどう使われるかに注目してください。
「Key Features of Purchase Order Processing in SAP S/4HANA」の中にある「Materials management integration」を探してください。そこでは、入庫時に在庫が更新される点を 在庫更新の説明 として確認します。 続いて同じ一覧の「Integration with accounts payable」を読みます。PO と入庫実績を請求書と照合し、仕入先への支払いにつなげる 請求書照合の説明 に注目してください。
3. 入庫時:在庫数量と在庫金額が更新される
仕入先が 100 個を納品し、倉庫担当者が検品後に PO を参照して入庫を計上したとします。
この時点で SAP は、単に「PO は納品済み」と表示するだけではありません。基本的な在庫品の購買であれば、少なくとも次の三つの領域を更新します。
| 領域 | 入庫時に更新される情報 | 代表的な証跡 |
|---|---|---|
| 購買管理 | PO の入庫済数量、未入庫数量、納入状況 | PO 履歴 |
| 在庫管理(IM) | プラント・保管場所の在庫数量 | 品目伝票、在庫残高 |
| 財務会計(FI) | 在庫の価額と GR/IR の残高 | 会計伝票 |
この取引では、在庫数量は 100 PC 増えます。また、単純化のため PO 単価どおりに評価されるとすれば、在庫金額も 50,000 円増加します。
基本的な入庫仕訳
税・価格差異・返品などを除いた基本ケースでは、入庫時の会計処理は次のとおりです。
| 借方(Debit/借方) | 貸方(Credit/貸方) | 金額 |
|---|---|---|
| 在庫勘定(Inventory / Stock Account) | GR/IR クリアリング勘定 | 50,000 円 |
GR/IR クリアリング勘定は、Goods Receipt / Invoice Receipt Clearing Account の略です。日本語では「入庫/請求書照合勘定」などと呼ばれます。
この勘定が必要な理由は明確です。入庫時点では、会社は物品を受け取っていますが、まだ仕入先の請求書を受け取っていないか、少なくとも SAP には計上していません。そのため、入庫時にただちに仕入先勘定へ直接計上するのではなく、GR/IR という一時的な橋渡し勘定を使います。
SAP Learning の Maintaining Product Master Data は、品目の在庫価額と FI の総勘定元帳が入庫によって同時に更新されることを説明しています。
Maintaining Product Master Data
SAP Learning のこの箇所では、品目の数量・価額の管理と、財務会計の G/L 勘定更新が結び付く理由を確認します。今回は価格統制の詳細ではなく、MM と FI が一つの入庫で連携する基本原理をつかんでください。
「Material Valuation」節で、在庫価額と品目評価を説明した後の段落を読んでください。特に、品目の価額更新が FI 勘定の更新も伴うという MM と FI の接続 を確認します。
ここでいう「連携」は、担当者が同じ数値を在庫画面と会計画面に二度入力することではありません。入庫という一つの業務イベントを計上すると、SAP がルールに従って在庫更新と会計更新を関連伝票として作成します。
ただし、すべての購買がこの仕訳になるわけではありません。たとえば消耗品を原価センタへ直接費用計上するケースや、サービスを購入するケースでは、在庫勘定の代わりに費用勘定などが使われることがあります。現時点では、在庫品を PO で購入する基本ケースに限定して理解しましょう。
4. 請求書計上時:在庫は増やさず、仕入先債務を記録する
後日、仕入先から 50,000 円の請求書が届いたとします。経理担当者は PO と入庫実績を参照し、100 PC、単価 500 円、合計 50,000 円で一致していることを確認して請求書を計上します。
このとき、在庫はすでに入庫時に増えています。請求書を登録したからといって、在庫数量がさらに 100 PC 増えることはありません。
基本ケースの請求書計上では、次の会計処理が行われます。
| 借方(Debit/借方) | 貸方(Credit/貸方) | 金額 |
|---|---|---|
| GR/IR クリアリング勘定 | 仕入先勘定(Vendor Account) | 50,000 円 |
入庫時には GR/IR が 50,000 円貸方に記録され、請求書計上時には同じ GR/IR が 50,000 円借方に記録されます。数量・金額が一致すれば、GR/IR の残高は相殺されます。
最終的には、会計上の意味は次のように整理できます。
| 状態 | 在庫 | GR/IR | 仕入先への債務 |
|---|---|---|---|
| PO 作成後 | 変化なし | 変化なし | 変化なし |
| 入庫後 | 50,000 円増加 | 50,000 円の一時残高 | まだ請求書ベースではない |
| 請求書計上後 | 変化なし | 原則として相殺 | 50,000 円の支払義務 |
短い動画で、この二つの仕訳を視覚的に確認してください。
SAP S4HANA: GR/IR (Good Received / Invoice Received) Account - Demo and Business Process
Galal Academy の「SAP S4HANA: GR/IR Account - Demo and Business Process」は、GR/IR 勘定が入庫と請求書計上をつなぐ一時勘定であることを簡潔に説明します。画面操作の部分ではなく、仕訳の考え方に集中してください。
まず 全体の導入 を見て、購買では入庫時と請求書計上時に主要な会計記録が生じることを確認します。 次に 入庫の仕訳 で、在庫勘定と GR/IR 勘定が使われる理由を追います。続く 請求書の仕訳 では、仕入先勘定の計上と GR/IR の相殺を確認してください。
一致した場合、GR/IR はゼロになります。しかし実務では、次のような理由で残高が残ることがあります。
- 物品は入庫済みだが、請求書が未着・未計上である
- 請求書は計上済みだが、入庫が未計上である
- 入庫数量と請求書数量が異なる
- PO 単価と請求書単価が異なる
こうした差異の詳細、許容範囲、請求書ブロックは後の Invoice Verification モジュールで扱います。今は、GR/IR の残高は「入庫と請求書のどちらか、または両方に未解決の差がある」ことを示すと理解しておけば十分です。
5. PO 履歴で取引を追跡する
購買担当者、倉庫担当者、経理担当者は、それぞれ違う画面や伝票を見ることがあります。しかし、PO の Purchase Order History(購買発注履歴) は、後続処理をまとめて確認する重要な場所です。

この画面で確認する考え方は次のとおりです。
| 確認項目 | 確認する事実 | 関連する領域 |
|---|---|---|
| PO 番号・明細番号 | どの注文の何行目か | 購買管理 |
| 入庫数量 | 実際にどれだけ受け取ったか | 在庫管理 |
| 品目伝票番号 | どの入庫記録が在庫を更新したか | 在庫管理 |
| 入庫金額 | どの金額で評価・計上されたか | 在庫管理・FI |
| 請求書履歴 | どの請求書が PO に対して計上されたか | 財務会計・買掛金 |
画像内の WE は入庫を表す履歴区分です。また、移動タイプ 101 は PO に対する通常の入庫でよく用いられるコードです。移動タイプの選択と在庫種別への影響は、後の「Goods Movements and Inventory Control」モジュールで体系的に扱います。ここでは、入庫が PO 履歴、在庫記録、会計伝票に結び付くことを押さえてください。
コンサルタントとしての追跡手順
顧客から「この PO はもう処理済みですか」「なぜ GR/IR に残高がありますか」と聞かれたときは、次の順序で事実を確認します。
- PO 明細で、発注数量・価格・プラント・仕入先を確認する。
- PO 履歴で、入庫と請求書の伝票が存在するかを確認する。
- 入庫があれば、入庫数量と品目伝票を確認する。
- 請求書があれば、請求書数量・金額と仕入先勘定を確認する。
- 入庫と請求書の数量・金額に差があれば、その差が業務上妥当か、未処理なのかを切り分ける。
この確認は、日本語では次のように端的に説明できます。
発注書を基準に、入庫実績と請求書計上実績を購買発注履歴で確認します。
入庫計上では在庫数量と在庫価額が更新され、同時に GR/IR 勘定へ計上されます。
請求書計上時には、GR/IR 勘定を相殺し、仕入先勘定に債務を計上します。
用語メモ
| English | 日本語での実務表現 | 説明 |
|---|---|---|
| Goods Receipt | 入庫計上 | 受領した物品を SAP 在庫に反映する処理 |
| Inventory Management | 在庫管理 | 数量・保管場所・在庫種別などを管理する領域 |
| Material Document | 品目伝票 | 入庫などの物品移動の記録 |
| Financial Accounting | 財務会計 | G/L、仕入先債務などを管理する領域 |
| Accounting Document | 会計伝票 | 借方・貸方を含む会計記録 |
| GR/IR Clearing Account | GR/IR クリアリング勘定/入庫請求書照合勘定 | 入庫と請求書計上の間をつなぐ一時勘定 |
| Vendor Account | 仕入先勘定 | 仕入先に対する債務を記録する勘定 |
まとめ
一つの在庫品購買を追うと、SAP MM と FI の統合は次のように理解できます。
- PO 作成では、注文条件が購買伝票に記録されます。通常、この時点では在庫数量と FI の仕訳は変わりません。
- 入庫計上では、PO を参照して在庫数量が増え、品目伝票が作成されます。基本的な在庫購買では、在庫勘定と GR/IR クリアリング勘定にも会計計上が行われます。
- 請求書計上では、在庫数量は増えず、GR/IR が相殺され、仕入先勘定に支払義務が記録されます。
- PO 履歴は、発注、入庫、請求書という後続伝票を関連付けて確認するための重要な追跡ポイントです。
- 入庫と請求書が一致しないと、GR/IR 残高が残り、未入庫・未請求・数量差異・価格差異の確認が必要になります。
これで Procurement Foundations の基礎が一通りそろいました。次のモジュールでは、こうした取引の処理範囲を決める SAP の組織構造、特にクライアント、会社コード、プラント、保管場所、購買組織、購買グループの役割を整理します。
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